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買収した金属加工業の会社を1年間で売却した話①

Wさん人物紹介

今回のコラムでは、当時右肩下がりだった金属加工業の会社をM&Aした、WさんのスモールM&A買収劇を紹介します。

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彼は、新卒2年目の20代半ばながら、チャレンジングな精神を活かし、会社を買収しただけでなく、1年間で経営建て直しを図り、再生フェーズを脱した後に、売却したことで、キャピタルゲインを得ることができました。

彼が一体どのような経緯でM&Aをしてきたのかについて、今回のコラムでは見ていきたいと思います。

WさんのM&Aフロー

①M&Aするきっかけ

Wさんは、大学卒業後、大手重電メーカーに勤務し、部品の調達や納期管理業務を担当していた20代半ばの男性です。彼は、親戚に経営者が多いこともあり、「もともと起業したい」という思いと、「自分が経営者になる」というイメージは持っていました。

Wさんは、そんな思いとイメージを持ちながらメーカーに勤めている際、取引先が突然、何の前触れもなく、廃業したことをきっかけに、事業承継に興味を持つようになりました。そして、ちょうどそのときに、タイミング良く出版された、弊社代表三戸の「サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい」の本を読んで、事業承継をする決意をしました。

②ソーシング・売り手現状

Wさんの案件探し(ソーシング)の方法は、サラリーマン時代の調達の仕事を通じて獲得した知識をもとに、製造業に絞って行いましたが、その結果として、今回買収した近畿地方にあるY工業を見つけることができました。

Y工業の状況について述べると、当時年商2千万円強の会社でしたが、マックスの年商は5千万円強であったため、右肩下がりでした。また、取引先に関しては、一部上場の1社のみでしたが、財務内容は非常に良好でした。このY工業は、社長・その奥さん・娘・息子の合わせて4人の家族経営で行われており、子どもたちが後継者になることはなく、社長は売却を希望していました。また、社長・奥さん・娘は売却後、退職希望で、息子さんは未定でした。

③-A トップ面談

M&A仲介を通じて申し入れたトップ面談において、Wさんは、とにかくやる気があるということをアピールした結果、先方の社長さんから、「若いときにチャレンジするのはいいことだ」と好意的に受け止められました。そして、その甲斐もあったのか、「自分にも金属加工の知識はある程度持っているが、不安なため、社長と奥さんには、引き継ぎも含めて1年半残ってほしい」というお願いの了承も得ることができました。面談における、売却希望金額は、◯千万円でしたが、Wさんは少しでも値下げを交渉すると、交渉がブレイクするという雰囲気を感じとっていたので、値下げ交渉はしなかったそうです。

③-B 資金調達

また、Wさんは売却交渉の裏で、資金調達を始めましたが、使った資金調達の方法は、中小企業のM&A独特の方法である、役員退職金を使うスキームでした。ちなみに、このスキームは「自己資金を減らす」といったメリットがあるので、このサイトをご覧いただいている皆さんにも使いやすいスキームだと思います。

役員退職金を使うスキームを簡単に説明すると、会社の純資産から役員退職金をオーナーに支払い、株式譲渡の代金とするものと言えるでしょう。極端な話では、会社の売却代金が1億円で、会社に1億円の純資産があるなら、このスキームを使って、純資産から1億円を役員退職金としてオーナーに支払えば、こちらの手金はゼロでも会社を買うことができます。

今回のケースでは、売却代金の4割を会社の純資産から出し、残りの6割は、Wさんが銀行から融資を受けて支払う形となりました。また、融資はY工業の株を担保としました。中小企業の流動性の低い株なので、ほとんど担保価値はありませんが、銀行はそれを担保としてくれたことは好都合だと思います。

また、その融資の際に、Wさんは、銀行には経営の改善計画として、「IT化とオペレーションの改善を通じて、生産効率をアップする」と説明したところ、銀行は最初から支店長が対応してくれ、込み入った話もなく、すぐにやりますと言ってくれましたそうです。改善計画がうまく作り上げ、説明できたところも、銀行が株を担保として認めてくれた要因でしょう。

WさんはDDを一人で!?

④ DD

Wさんは、DD(デューデリジェンス)を、「ほぼ自分ひとり」でやることができました。これは、この会社のB/S資産のほとんどが現金で、固定資産はなく、負債も会社の債務と税金だけでわかりやすい上、家族経営なので、未払残業代などの簿外債務の心配もなかったからです。

ビジネスDD的に見れば、顧客が、直接取引の良い取引相手であったことはプラスでしたが、一部上場企業1社しかないのはリスクです。また、製造単価の相場を重電メーカーにいたときにデータを少し拝借して調べた結果、製造単価が相場より安いことがわかったそうで、これを踏まえた上で、買収後の事業計画としては、まず、1社依存を解消するために、融資してくれた金融機関のネットワークを使って、「新規取引先を開拓しよう」とWさんは考えていました。

また、事業計画の2つ目が「単価のアップ」であり、量産で薄利多売が常識の業界で、少量高単価、短納期の方法でやっていこうと考えていました。具体的には、1~2個からの小ロットの単品の注文を受け、それも短い納期で収めるというやり方にすれば、単価アップが図れるし、ほかの企業と差別化出来ると考えたそうです。

最後に、事業計画の3つ目は「事業領域の拡大」で、当時は1種類の金属しか扱っていなかったので、対応する金属の材質を増やそうと考えていました。また、部品を作るだけでなく、商品の設計についても、加工の方から提案できることは積極的にしていこうとも考えていたそうです。

⑤ M&A成立

DD(デューデリジェンス)を一人でやり、きちんとした事業計画を考えることができた結果、無事譲渡が成立して、Wさんは経営に入ることができました。面談結果と希望の通り、4人いた働き手のうち、息子と娘は退職し、働き手は元オーナーと奥さんと自分の3人の形になり、当面の課題は従業員の入れ替えで、引き継ぎ期間として、元オーナーと奥さんがいる1年半の間に進めようと考えていました。

しかし、2ヶ月くらいで、元オーナーとの関係が思わしくなってしまい、結局話し合いの結果、元オーナー夫妻の引き継ぎ期間の契約はなしになくなり、それから1ヶ月後にふたりは辞めることになりました。

それからの1ヶ月が大変だったそうです。従業員の採用活動をしつつ、現場の仕事をすべて元オーナーから教えてもらう毎日で、「いずれもそれが出来ないと、その後の仕事が回らなくなる」という危機感から、1ヶ月は、1日24時間のうち、寝る以外は会社にいて、土日もなく、ひたすら仕事を覚えました。

その結果、採用はうまくいって、単品短納期で高単価のものを作るというWさんの方針に共感してくれる2人が会社に入ってくれた上、Wさんも仕事をひと通り覚えて、元オーナー夫妻が抜けた後も、なんとか、会社として回る体制は作ることができました。さらに、事業承継と従業員の若返りという、1年半掛けて、徐々に進めるつもりだった施策は、予想外の形で、短い期間で一気に進めることになりましたが、なんとか達成することが出来たといっていいでしょう。

この話は後編へ続きます。彼はこの後どのように売却まで持っていたのでしょうか?

後編はこちらからご覧いただけます


記事監修

三戸政和(Maksazu Mito)

2005年ソフトバンク・インベストメント入社。兵庫県議会議員を経て、2016年日本創生投資を投資予算30億円で創設し、中小企業に対する事業再生・事業承継に関するバイアウト投資を行う。


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