買収した金属加工業の会社を1年間で売却した話②

Wさん人物紹介

今回のコラムでは、当時右肩下がりだった金属加工業の会社をM&Aした、WさんのスモールM&A買収劇の後編を紹介します。

前編はこちらからご覧いただけます

彼は、新卒2年目の20代半ばながら、チャレンジングな精神を活かし、会社を買収しただけでなく、1年間で経営建て直しを図り、再生フェーズを脱した後に、売却したことで、キャピタルゲインを得ることができました。

彼が一体どのような経緯でM&Aをしてきたのかについて、今回のコラムでは見ていきたいと思います。

WさんのM&Aを総括・反省点

(*急に、事例紹介の続きが始まりますので、是非前編をご覧になってからお越しください)

元オーナーの方と揉めることになったのは、Wさんが、これまでの元オーナーが採用していた「量産、薄利多売」というやり方を、「単品短納期、高単価」のやり方に変え、しかもその変革が成功し、最初の1ヶ月目から売上がポンと上がったことが火種となったのでしょう。元オーナー側に立ってみると、これまで何十年間も積み重ねてきた考え方・経験を、突如現れた若者に簡単に否定された上に、それを成功されたとなると、気分が乗らないのもよくわかります。

この経験から、Wさんの反省点として挙げられるのは、『自分が買ったら、どういう経営方針でやっていくつもりなのか、ということを、元オーナーに事前にしっかりと伝えておくべきだった』ということであり、なおかつ、元オーナーの人柄をよく見て、揉め事を対処すべきだったことになります。(もちろん、譲渡前に、展望として思い描いていたことが、ほとんど達成出来たことは素晴らしいと思いますが)

ちなみに、その展望というのは具体的には3つあります。1つ目の「オペレーションの改善」では、生産工程に生産管理の概念を導入し、メインの単品短納期のものと量産ものの生産を、機械の稼働率を考えながら生産管理したそうです。他方では、事務作業のIT化を進めた結果、Wさんの事務作業の負担を減らすことが出来ました。その改善の結果もあり、空いた時間には、Wさんも現場に入ることが可能になり、働き手の数が以前と変わらない中で、年商を1.4倍に増やすことができました。

2つ目の「単品短納期の対応」では、他社との差別化を図ることができています。こうした注文対応をする会社がほかになく、重宝されたことで、Wさんが「単価アップ」を強気で取引先に要求しても、簡単に通ったそうです。結果、単価がアップして、売上も利益も上がる要因になっています。

3つ目の「取引先の新規開拓」では、融資をしてくれている信金のネットワークを使っています。信金をとことん利用し、Wさんの会社とでも取引できそうなところを探してもらったり、実際に会うときも、信金にセッティングしてもらったりもしています。間に信金が入ると、相手側としても、それなりの対応をしてくれるため、最初から社長さんが会ってくれて、その場ですぐに交渉に入れることもあったそうです。その結果、もともと1社だった取引先という課題は、6社にも増え、業界も医療や半導体など、すべて違うところと取引が出来るようになったことで解決しました。これは、Wさんからのアドバイスですが、「銀行をうまく使えば、営業を楽に進められるので、みなさんも参考にしてほしい」そうです。

Wさんの反省点

一方で、M&Aを実際に経験したWさんが「難しい」と感じたことは、『事業と組織がすでに出来上がっているところに入っていくこと』だそうです。

本来、事業と組織が出来上がっていることは、M&Aのメリットですが、これがデメリットにもなることもあるのですね。Wさんも、「みなさんも、自分が会社を買ったら何かしら変えたいと思うでしょうが、もともと会社にいる人は、それまでのやり方になじんでいるし、それでいいと思っているので、それをよそから来た人間が変えようとすると、それは感じが良くないでしょうし、実際になかなか難しいです。」と述べていました。

特に、それを感じたのは、Wさんが、会社に行く最初の日に、向こうからは、どんなやつが来たのかという目で見られたことが印象的だそうです。「仲間がひとりもいない中でやっていかなければいけないので、それでも自分はやりきるという強い覚悟を持って臨んだ方がいい」というアドバイスもくれました。

特に、スモールM&Aの世界では、勝負は「最初の1ヶ月」であり、会社を自分の考える方向へ進ませたいのなら、最初の1ヶ月で、従業員としっかり信頼関係を作るべきです。それがうまくいかないと、なかなか自分の思うように会社を変えることはできないでしょうし、回りがついてこなければ、社長の信頼は失われるばかりになります。ですから、最初の1ヶ月は、従業員との信頼関係を作ることに注力して、自分の仲間を作ってから、自分のやりたいことをするという形にした方が、スムーズに進むと思います。

売却とWさん自身の振り返り

人の入れ替えを終えて、私のやり方も軌道に乗って、売上も上がるようになると、Wさん自身は、午前中に事務作業をちょっとやるだけで、現場にはいなくても回るので、ほとんどやることがなくなってしまいました。これはまさに、三戸が目指す、「スモールM&Aの理想系」ですね。その段階から、Wさんは、売却を考え始め、いろいろと声を掛けてみた結果、買い手が現れたので、売却をしたという形になります。秘密保持(NDA)の関係上、言えないことが多いのですが、諸々の手数料を差し引いてもある程度のキャピタルゲインは得られたそうです。Wさんとしては、今回の経験を生かして、より規模の大きい会社を経営したいと考えているようです。

Wさん自身の振り返り

ここからはWさん自身の振り返りになります。

(Wさん)

今回のM&Aを振り返って、うまくいったなあと思うのは、人の入れ替えのところです。家族4人だった働き手は、若い30代の従業員2人と、有能な50代の女性パートと私の4人に変わりました。メンバーに恵まれて、みんな、私のやりたい方向についてきてくれたし、正直、運も良かったと思いますね。あと、オペレーションを改善して、商品単価を上げ、売上と利益率がアップできたこと、銀行をうまく使って、取引先の新規開拓が出来たこともうまくいったところだと思います。

逆に反省点としては、私の事業承継プランについて、元オーナーともっとすりあわせておくべきだったという点です。元オーナーにしてみると、未経験の若造が自分のやり方とは違うことを始めるわけで、面白くなかったと思うし、それで結果が出てしまったので余計に気にくわなかったと思います。もっとすりあわせをしておけば、いらぬ敵を作ることもなかったですし、元オーナーの気持ちをもっと考えるべきだったと思います。

反省点のもう1つが、採用した従業員3人のうち1人について、私の経営方針をうまく伝えきれないまま採用してしまったことです。ウチの会社は、業界とはまったく違うやり方をしますが、そこの理解が不十分なまま、その人を採ってしまいました。だから、その人は、会社に入ってから私のやり方に戸惑って、抵抗した部分がありました。中小企業は働き手が少ないので、1人が思ったように動いてくれないと、うまく進まなくなります。私の方針について改めて説明して理解してもらう時間が必要になってしまい、その間、会社の仕事は停滞することになりました。もともといた社員はしょうがないでしょうが、新しく採用する人については、採用時に自分の方針をしっかりと伝えて理解してもらわないと、採用後に問題が起きることがあるので、みなさんもそこは注意してほしいです。

Wさんへのインタビュー

(質問1)資金調達は、役員退職金とLBOを使ったのか?

(Wさん)元のオーナーが受け取ったお金の◯千万円のうち、4割を役員退職金として会社の資産から出して、残りの6割は、私が銀行から融資を受けて支払いました。その融資には、担保にY工業の株が入っていますが、銀行としては、Y工業の年間のキャッシュフローを見て、そこから私の役員報酬がいくらでどのくらいを返済に回せるかを計算して、融資をしてくれました。私の経営能力は未知数なので、銀行としては、Y工業の当時の実力から判断したということですね。

(質問2)なぜ売却したのか?時期は適切か?

(Wさん)売却のタイミングとして考えていたのは5年後でした。いまは、人の入れ替えが終わって、私のやり方も軌道に乗って、売上や利益も上がったという段階です。もちろん、この会社をさらに成長させるイメージはありましたが、それを実現させるには最短でも5年は掛かると思いました。5年を費やしてY工業を大きくするか、ここで売却して、さらに規模の大きいM&Aを目指すのかとふたつの選択肢で悩んでいたときに、もっと大きい会社を買わないかという誘いがあり、Y工業の買い手も現れたのでこのタイミングにしました。とくに、買い手が現れたことが大きかったです。Y工業というのは、もともと2年くらい売りに出されたまま、誰も買わなかった会社にも関わらず、その会社を私が1年経営して、声を掛けたら、すぐに3社くらいから手が挙がりました。中には、予想以上の額を提示してくれるところもあり、他人から見ても、自分の会社が「魅力的な会社になった」ということで、そこは気持ち的には大きかったです笑。ということで、売却もありかなと思ったってのが本音ですね。

(質問3)給与形態などはどうしたのか?

(Wさん)給与は、もう自分の会社ではないので、細かな額については言えませんが、業界水準と比べても高目に設定していました。というのも、単品短納期で、かなりの数をさばくには、能力がかなり求められるので、そこにはお金を払っています。また、モチベーションの高い人がほしかったので、そういう意味でも給与は高く設定してました。昇給については、中小企業の従業員のために退職金を積み立てる「中退共」という制度があり、それに入ることを昇給の代わりとしました。中退共に加入することは、従業員も希望していましたね。

(質問4)売却する際に従業員に配慮したことは?

(Wさん)どのタイミングで、従業員に売却のことを伝えるかということはかなり難しかったです。契約を結んだ時点で言って、それで従業員が会社を辞めてしまったら、新しいオーナーさんは困るし、私も恨まれます。結局、新オーナーさんと話し合いながら、結局は、社長が変わる当日に従業員に伝えました。当然だが、従業員はかなり驚いていました。この会社はこれからどんどん伸びていくだろうという手応えを、みんなが感じているときだったので、なおさらショックだったと思います。そういう意味では、売却に関しては、従業員にはあまり配慮出来なかったのかもしれません。

(質問5)買収金額は妥当だと思うか?

(Wさん)会社の値段としては、1~2割安く出来たかなとは思います。ただ、経営に入ってみると、元オーナーは会社から借金をしていて、それと仲介への手数料を足すと、ちょうど買収金額になるということがわかりました。つまり、その額じゃないと、元オーナーはマイナスになるので、交渉の余地はなかったわけですね。

以上のようにWさんの体験談を見ていきましたが、いかがだったでしょうか?

Wさんは、元オーナーとの関係構築ついてとても反省していましたが、20代半ばでM&Aを実行し、ここまで自分が思い描いたことを実践できることは素直に尊敬です。今後もますます期待が高まりますし、皆さんもWさんに続いてスモールM&Aにチャレンジしてみてはどうですか?

このように、これからもいくつか実際に会社を買った人の体験談やインタビューコラムを増やしていきたいと思うので、欠かさずチェックをお願いします。


記事監修

三戸政和(Maksazu Mito)

2005年ソフトバンク・インベストメント入社。兵庫県議会議員を経て、2016年日本創生投資を投資予算30億円で創設し、中小企業に対する事業再生・事業承継に関するバイアウト投資を行う。


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