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最終合意で終わりではない
さあ、最終合意の契約書ができました。ただ、これで交渉が終わったわけではありません。
普通の人の感覚なら、契約書ができたら、交渉は99%終わりと思うかもしれません。しかし、私たちM&A業界の人間からすると、ここでようやく8合目です。行程としてはまだ残り2合、5分の1が残っているわけです。
もう一度、念を押しておきましょう。ビジネスにおいては、「着金がすべて」です。契約書があってもそれに実行が伴わなければ、その契約書には何の意味も、何の価値もないのです。
最終合意後の悲劇的なエピソード
ある仲介会社の人から聞いた話をしましょう。
ある大阪の会社の売買契約がまとまって、契約書への捺印と送金という最後の手続きが、仲介会社のオフィスで行われることになりました。最後のセレモニーです。
その仲介会社は東京にありました。売り手の会社は大阪ですから、社長さんは大阪に住んでいました。セレモニー当日の朝、社長さんは、新幹線で東京に向かいました。
問題はその後、起きました。新幹線に乗ったはずの社長さんが、姿をくらまして、東京の仲介会社のオフィスに現れなかったのです。結局、このM&Aは、最後の最後で流れてしまいました。
実は、M&Aでは、こういう話は珍しくありません。最終合意をして、契約書を作っても、最後の最後に迷いが出て、気持ちが変わることはよくあるのです。
この大阪の社長さんは、新幹線に乗りながら迷ったのだと思います。従業員の顔、つらかったこと、楽しかったこと、会社に関わるさまざまな思い出が、頭を巡ったことでしょう。そして、「本当にこれでいいのか」と思ってしまったのだと思います。
みなさんも、会社を買おうと決めて、いま勤めている会社を退職するとなると、迷うと思います。お世話になった先輩の顔、取引先からかけてもらった言葉、仲間と苦労した日々など、会社にまつわるさまざまなことを思い出して、「本当にオレ、会社、辞めていいのかな」と思うかもしれません。「会社経営に失敗したら、家族を路頭に迷わすかもしれない」「自分に会社の経営なんてできるのだろうか」などと、気持ちが折れそうになることもあるでしょう。迷いは必ず出ます。その迷いは、最後の最後まで、みなさんにつきまとうのです。
ですから、契約書ができても終わりじゃないのです。ですが、着金をしてしまえば、もう取り返しはつきません。着金という実行が伴って、ようやく交渉は終わるのです。
この話をしてくれた仲介会社の人は、大阪の社長さんを東京まで呼ばずに、こちらから大阪に出向いて、最後のセレモニーをやれば良かったと言っていました。
M&Aでは相手の立場に立って考えることが大切だ、と言ってきました。その姿勢は、最後の最後まで必要だ、ということです。
記事監修
三戸政和(Maksazu Mito)
2005年ソフトバンク・インベストメント入社。兵庫県議会議員を経て、2016年日本創生投資を投資予算30億円で創設し、中小企業に対する事業再生・事業承継に関するバイアウト投資を行う。