市場価格と買収価格の違い
一般的に(特に上場企業の場合)、M&Aによって会社を買収する値段は、市場株価法や類似会社比較法といった「マーケット・アプローチ」で算出された市場価格と、DCF法などの将来の予想キャッシュフローを現在価値で算出した総和である「インカム・アプローチ」の間に落ち着きます。
そしてたいていの場合、会社の価格は「インカム・アプローチ」の方が「マーケット・アプローチ」よりも高く算出されます。
関連記事→企業価値評価に関する記事はこちら
これは、国内の取引で、買収価格が市場価格よりも平均して20%~30%高いことからもわかります。つまり、仮に市場価値が100億円だった場合、その会社を多くの企業は120億円、130億円で買収しているのです。(引用:服部暢達「日本のM&A理論と事例研究」)
いったいこの超過部分はどこから来ているのでしょうか?
今回は、その超過分である、会社についた「プレミアム価格」について扱っていこうと思います。
少し、企業価値評価の話が入るので、ぜひ用語集などで確認しながら、ご覧ください。
コントロールプレミアムとは何か?
結論から言えば、買収価格が市場価格を上回る部分を「コントロールプレミアム」と言います。
先に言及しておきますが、世間一般では、買収価額と買収を公表する前の株価との差額を、コントロール・プレミアムと定義することが多いですが、詳しくいうと、これは買収プレミアムです。これは、コントロール・プレミアム以外にシナジー効果を始めとした期待なども加味されているため、区別することもあります。しかし、説明の効率的に、また実際にこの二つを区分することが、実務上においても非常に難しいため、ここでは世間一般同様に、「買収プレミアム=コントロール・プレミアム」でいきたいと思います。
話はそれましたが、再度説明すると、コントロール・プレミアムは、市場価格よりも上回る価格で買収する際の超過分のことを指します。
そして、このような差分が生じる理由は、コントロールプレミアムの意味にヒントがあります。プレミアムはプレミアムのままですが、コントロールは支配という意味ですよね。そして、その訳通り、「支配権を獲得できるから、プレミアム価格をつけてね」というのが、ざっくりとした意味です。
もう少し、具体的な説明をしていきます。まず、前提として、会社の株を持つ株主こそが、取締役の選定・解任すること等を通じて、会社の意思決定に直接的な影響を及ぼすことや、事業の運営方針の策定等を通じて、会社のキャッシュフローをコントロールできます。
しかし、実際には、会社の支配権を有するのは、多くの株を保有する人・会社であり、彼らは通常少数株主よりも高い価値があると評価されます。
これは、会社の支配権を持つ株主こそ真に、上記のような行動を通じて、自分達の投資の目的を達成できるからです。
そして、その際、「単純な経済価値だけでなく、会社をコントロール権利(上記のような権利)をも得ることができるから、会社の価値にプラスさせてもいいよね」ということで、買収価格にプレミアムを上乗せするのです。
企業価値評価との関係は?
では、全ての企業価値評価方法においてコントロールプレミアムをつければいいのかというと、そういう話ではありません。ここからは主なバリュエーションである、コストアプローチ、マーケットアプローチ、インカムアプローチの3つの手法とコントロールプレミアムの関係について見ていきましょう。
ここで見ておくべきポイントは支配権を持つ株主に関与があるかないかです。これが、どういうことかといえば、もしその評価方法の中に、支配権によって左右される項目を含んでいるのなら、その評価方法はコントロールプレミアムを含んでいるということになるということなのですが、省略して言えば、「支配権を持つ株主が関与できる=コントロールプレミアムが含まれている」ということを、まずはみなさん覚えておいてください。
コストアプローチ
まずは、貸借対照表の中の純資産価値を基準としたバリュエーションである、コストアプローチからです。
そしてこの主なアプローチ方法である、純資産法をはじめとした方法は、資産や負債をベースにしており、それらのポートフォリオや使用法は支配権を持つ株主によって決定されます。
関連用語→純資産法とは?
つまりは、コストアプローチによって算出された結果は、コントロール・プレミアムが含まれているものと考えることが妥当であるということになります。
マーケットアプローチ
次に、対象会社に類似した業種の取引事例や、類似した企業の財務指標を基準としたバリュエーションである、マーケットアプローチは2つに分かれます。
主なアプローチ方法である市場株価法やマルチプル法は、市場で売買されている株価をベースに計算するものであり、これ(株価)は支配権を持つ株主によって左右されないため、マーケットアプローチによって算出された結果は、コントロール・プレミアムが含まれていないものと考えることが妥当と考えます。
しかし、一方で、類似会社比較法は、支配権を持つ株主を考慮した倍率を用いるため、コントロール・プレミアムが含まれているものと考えることが妥当になります。
インカムアプローチ
最後にインカムアプローチも、二つに分かれます。
これは、収益還元法やDCF法は、利益やキャッシュフローを基準としており、それら(利益やキャッシュフロー)は支配権を持つ株主によって、自由に決定できることから、コントロール・プレミアムが含まれているものと考えることが妥当になる一方で、配当還元法は、会社から得られる配当が少数株主にも適用されるため、コントロール・プレミアムが含まれていないものと考えることが妥当になるからです。
関連用語→DCF法とは?
マイノリティ・ディスカウントとの関係は?
ここまで、コントロールプレミアムについての理解を深めてもらったことで、ここからはもう一歩進み、コントロールプレミアムの逆である、マイノリティ・ディスカウントについて説明していこうと思います。
今、マイノリティ・ディスカウントはコントロールプレミアムの逆と紹介しました。
これは、「支配権を持てる」→「価格を上げる」のがコントロールプレミアムであるのに対し、「支配権を持てない」→「価格を下げる」のがマイノリティディスカウントであるからです。
少し具体的に説明すると、マイノリティ・ディスカウントは、会社の株取引において、議決権の過半数を取得できない場合(=支配権を持つ株主になれない)、少数株主(=支配される側になる)ことに着目して、コントロールプレミアムが組み込まれている買収価格から割引かれる価値のことを指します。
ここで重要なのは、「コントロールプレミアムが組み込まれている買収価格から割り引く」というところです。
要するに、先に説明したような、そもそもコントロールプレミアムが加味されていない、コストアプローチや、マーケットアプローチの市場株価法やマルチプル法、インカムアプローチの配当還元法などは、そもそもマイノリティ・ディスカウントについて考える必要すらないのです。
それに対して、その他の、マーケットアプローチの類似会社比較法やインカムアプローチの収益還元法やDCF法で計算し、かつ、マイノリティディスカウントの条件に適する場合(支配権を持てない)は、割り引きを行うということになります。
非流動性ディスカウントとは?
ここで、さらに発展します。ここまでの内容は、2つ目の図の通り、コントロールプレミアムは、市場価格によって算出された結果にほぼ関係はありませんでした。ですが、実務上では、市場価格から割引をすることも存在します。
そしてこの割引を「非流動性ディスカウント」と言います。この割引は、非上場の株式である場合は、上場しており株式の取引が容易である場合に比べて流動性・換金性(=株式を現金に変える事の容易さ)が低いことに起因しています。
もう少し説明すると、非上場の取得した株式を換金する手段がないため、流動性のある上場株式に比べ、買い手を探すためのコストや時間が余計にかかってしまいます。「今回はその余計にかかった分、類似する上場会社の株価と比較して会社の価格を算出した場合、割引するべきだよね」ということで生じるのが、非流動性ディスカウントというわけです。
つまり、これは「非上場」であり「マーケットアプローチで上場している会社の事例を参考にした」場合に適用されるものとなります。
最後にもう一度今日出てきた3個のワードを図で確認しましょう。
最後に
ここまでコントロールプレミアムについて扱ってきましたが、いかがだったでしょうか?
計算も複雑であり、また用語自体もかなり似ているため難しい範囲ですが、M&A過程で最重要である「会社の価格」に関することであるため、専門家に任せていたとしても、知識としてストックしておくことは非常に重要だと思います。
また、何かご相談や実際に会社を売りたい・買いたいなどございましたらぜひ下記のリンクよりご相談ください。
記事監修
三戸政和(Maksazu Mito)
2005年ソフトバンク・インベストメント入社。兵庫県議会議員を経て、2016年日本創生投資を投資予算30億円で創設し、中小企業に対する事業再生・事業承継に関するバイアウト投資を行う。