デューデリジェンスはオーナーの機嫌次第!?

リスクの根拠を把握する

そもそも、デューデリジェンスとは何をするものなのでしょうか。デューデリジェンスについての細かな説明を始める前に、その目的について考えてみましょう。

買い手の目的は会社を買うことであり、会社を買うには、その会社に値段をつけなければなりません。会社に値段をつけるには、その会社の実態を把握する必要があります。そこで何より大事なのが、その会社にリスクがないかを見ることです。

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たとえば、法務デューデリによって、1000万円の未払残業代のリスクが発覚したとします。会社買収後に従業員から請求されたら、1000万円を支払う可能性があるということです。そんなリスクが見つかったら、当然リスクヘッジをしなければなりませんから、MOUで示していた買収価格を下げる交渉を、オーナーさんとする必要が出てきます。

ただし、買収価格の取り扱いは慎重に、でしたね。買収価格を下げることは、オーナーさんにとっては一大事です。素人が感覚でいくら言っても、オーナーさんは納得してくれません。オーナーさんに納得してもらうには、根拠ある説明が必要なのです。

この例の場合、未払残業代の存在とその額を示す資料、支払いを求める従業員の証言、請求されれば支払わなければならなくなる法的な根拠(法令や裁判例など)が必要となるでしょう。減額交渉では、こうした根拠を持って、リスクを提示しなければならない、ということです。

つまりこのような、「リスクを示す根拠の把握」がデューデリジェンスの目的なのです。それが専門家によるものであれば、根拠としての重みがより高まります。

スモールM&Aはオーナーの胸先三寸

しかし、スモールM&Aでは、「デューデリをして減額要因が見つかったので、値段を下げる交渉をする」というセオリーが通じないことがあります。オーナーさんにへそを曲げられて、「もう売らない」と言われたら、交渉が終わってしまうからです。

たとえば、デューデリをしたら、店舗の撤去費用が必要だとわかり、それに300万円くらいかかるという専門家のレポートが出たとします。そうなったら、そのレポートを根拠に、売り手と交渉をして、値段を下げてもらうのがセオリーですが、それをした途端、「そんなこと言うんだったらもう売らない」と言われてしまうことがあるのです。買い手がほかにもいれば、そう言われる可能性はより高いでしょう。スモールM&Aはすべて、オーナーの胸先三寸で決まってしまうものなのです。

これが大企業同士のM&Aなら、「リスクが判明して損失が1億円くらい出そうだ」というレポートが出れば、レポートや数字だけを見て、交渉に入ることができます。売り手側としては、その減額を考慮しても経済合理性に合えば交渉を続けるからです。

しかし、スモールM&Aでは、リスクを根拠立てて言おうが、専門家が入ろうが、オーナーさんが「もういい」となってしまったら終わりです。中小企業の意思決定は、大企業とは違い、オーナーひとりに権限が集中していますから、それで決まってしまうのです。

ですからスモールM&Aでは、デューデリで減額要因が出たからといっても、それを提示して交渉するのかどうか、慎重に見極めなければなりません。オーナーさんの性格やオーナーさんとの関係性、他の買い手の有無などを見て、状況に応じて対応しましょう。

スモールM&Aではたしかに、売り手の交渉パワーが強い面があります。ここの解説では、その面がいささか強調されすぎているかもしれませんが、私が伝えたいのは、買い手にはあまり見えない売り手の心理と、それに寄り添うための伝え方です。

事業承継が必要な会社は何十万社とあります。買い手としては、売り手の交渉パワーに押されて交渉がうまく進まなくなったとしても、「ここがダメでも次がある」ということを忘れずに、買い手としての交渉パワーを維持することも大事になります。

コミュニケーションを誤ると…

オーナーさんがへそを曲げてしまい、交渉が終わってしまった話をご紹介します。

ある大手ファンドが、会社の買収のため、3千万円くらいかけたデューデリを終えました。そこで何らかのリスクが見つかったのでしょう、そのファンドは、最終合意間際の交渉で、リスクヘッジのために買収金額の分割払いを提案しました。オーナーさんはその提案を聞いて、「自分が信じられていない」と思ったのでしょうか、完全にへそを曲げてしまいました。結局、その売却話は流れてしまい、デューデリにかけた3千万円はパーになりました。そのファンドは、銀行などの関係者の信頼も失ったことでしょう。

交渉では、そうした提案自体がリスクになります。そこでのコミュニケーションを誤ると、こんな重大な結果を招くことがあるのです。後日、話を聞いたら、やはり、分割提案をした担当者の経験が浅く、提案の仕方が良くなかったそうです。

どうしてもリスクヘッジが必要で、そのための交渉をしなければならない場合はあります。そういうときは、一方的な言い方をすると反発されてしまいます。交渉相手の性格や状況、感情的に反発することも考慮しながら、リスクを論理的に説明して、相手側に「仕方ない」と納得してもらうことが肝心です。高いコミュニケーション能力が求められるところなのです。

デューデリジェンスについての解説、次のコラムも続きます。


記事監修

三戸政和(Maksazu Mito)

2005年ソフトバンク・インベストメント入社。兵庫県議会議員を経て、2016年日本創生投資を投資予算30億円で創設し、中小企業に対する事業再生・事業承継に関するバイアウト投資を行う。



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